日本の携帯電話メーカー凋落の原因を考えてみた!


今年5月はモバイル業界に厳しい報が流れ続けました。

すでに本連載コラムでも紹介したように、まず5月12日にバルミューダが携帯電話事業から撤退することを発表したのを皮切りに、続く5月16日には京セラが今後携帯電話事業を終息させていくことを明らかにし、さらに5月30日にはFCNT(旧、富士通コネクテッドテクノロジーズ)が民事再生手続開始の申立て手続きを行ったのです。

特にFCNTについては、スマートフォン(スマホ)の製造および販売についてスポンサーからの支援を受けられなかったことから終了させる見込みとなっているとのこと。京セラや富士通系メーカーと言えば長らく「DIGNO」シリーズや「らくらくスマートフォン」など、ローエンドからミッドレンジを中心に比較的廉価な携帯電話やスマホを製造するメーカーとして一定の地位とブランドを築き上げてきました。

その2社がついにスマホ業界から姿を消します。厳密には京セラはタフネスケータイ・スマホシリーズである「TORQUE」シリーズや法人向けなどは今後も継続するとし、FCNTも既存機種の販売やサポートについてはNTTドコモやKDDI、ソフトバンクなどの通信事業者(以下、キャリア)が行っていくとしており、現在販売されている機種などは当面問題なく利用できるようです。

風前の灯となってしまった国産スマホメーカーですが、ここに至るまでに何が問題で市場競争力を失ってしまったのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は日本の携帯電話・スマホメーカーの凋落の原因を考察します。


国産スマホ、栄光の日々よ

■驕れる者久しからず。携帯電話メーカーの失敗と凋落
国産スマホメーカーの話をするならば、まずはその歴史から紐解いていく必要があるでしょう。

かつて日本の携帯電話が独自の進化によって超多機能化し「ガラパゴスケータイ」(ガラケー)と呼ばれていた2008年、“黒船”とも言える「iPhone 3G」が日本でも登場しました。

その2年前の2006年にボーダフォン日本法人を1兆7500億円で買収し、経営再建とユーザー獲得に躍起になっていたソフトバンクが先進性やマーケットインパクトを狙っていち早く日本でも発売しましたが、発売当時の一般消費者の反応は実に冷ややかで「Appleがまた変わったシロモノを出してきた」くらいの反応だったと記憶しています。

大手マスメディアの反応もまた似たり寄ったりであり、iPhoneに本気で食いつき「これはスゴイぞ。ヤバいぞ」と色めき立っていたのはモバイル・IT系のジャーナリストやフリーランスライターばかりであったように思います。

かく言う筆者もiPhone 3Gが発売された7月にはあまり感心がなく「またジョブズがハッタリを……」くらいに斜に構えていたのですが、その後ライター仲間が購入したiPhoneを触らせてもらった途端にあまりの快適さと先進性に衝撃を受け、掌を返すようにして翌日には購入してしまったのを思い出します。


iPhone 3G発売を伝える当時のNHKニュース


筆者のiPhoneライフはここからはじまった

iPhone 3G発売から1年後に「iPhone 3GS」が登場し、ほぼ同時に日本でAndroidスマホ第1号となるHTC製「HT-03A」がNTTドコモから登場します。

この時のiPhone 3GSやHT-03Aも業界的な話題性こそあったものの一般消費者に強く訴求するものではなく、まだまだガラケーが隆盛を極めており、多種多様なデザインと機能を持ったガラケーが通信キャリア主催の発表会で大々的にお披露目されるのが通例でした。

2009年SoftBank夏の新機種発表会より。iPhone発売後のこの頃でも主力はガラケーだった

動画リンク:https://youtu.be/nXliE5jKlvk

このような発表会の場では国内の携帯電話メーカーの担当者に端末や今後の市場動向について尋ねる機会も多くありましたが、2008年〜2009年頃の発表会でのメーカー担当者のiPhoneへの反応が今でも忘れられません。

「iPhone?まあ、いいんじゃないですか(苦笑)」
「面白い端末だとは思いますけどね。日本では売れないでしょう(苦笑)」

といった感じで、いずれの反応でもメーカーの担当者は笑いを噛み殺すといった表情であり、まともに脅威として感じているようには見えませんでした。しかしその後、すぐに各社ともAndroidスマホの開発を急ぐこととなります。

当然ながら、そのような急場しのぎの付け焼刃的なスマホがまともな完成度であるはずもなく。異常発熱やフリーズ、電源の再起動といった不具合を起こす機種もあり、利用者からの評価は散々でした。

そして時は2011年。iPhoneは「iPhone 4S」まで進化し、ついに国内でも真のスマホブームが始まります。このiPhone 4Sは前年に発売された「iPhone 4」で起こっていたアンテナ関連の不具合も解消され、高い完成度とともに登場しました。

一方、Androidスマホでは不具合と低い完成度で普段使いですら困る機種もあり、その惨状がその後数年に渡って「Androidスマホは使えない」という悪評を引きずる原因となったのは間違いないでしょう。


当時、NTTドコモはまだiPhoneを取り扱っておらず、国内メーカーとともにAndroidスマホで勝負を仕掛けようと躍起になっていた

国内メーカーの名誉のために書き記しておきますが、国産Androidスマホも2014〜2015年頃には機能的にも性能的にも成熟し、非常に高い完成度に達していました。

しかしながら、2011〜2012年頃に国産のAndroidスマホを購入し、あまりの出来の悪さから早々にiPhoneに買い替えた人々のAndroidスマホへの印象を変えることは難しく、2013年にはパナソニックやNECといった有力メーカーが次々に携帯電話市場(スマホ市場)から撤退することとなります。

ケチの付き始めと言うなら、2010年頃のメーカー各社の危機意識の薄さとスマホ開発のノウハウのなさがすべての発端だったように思います。また同時に、当時のAndroidのプラットフォームとしての開発のしにくさもあったように思われます。


歴史に「if」はないが、もし2012年までにまともな性能のAndroidスマホが出ていたなら……と思わざるを得ない


現代につながる伝説の名機、ソニー製「Xperia Z」は2013年春モデルとして登場。当時としては驚異的な完成度を誇った

■キャリアに依存した経営が窮地に追い込んだ
そのような厳しい国産スマホメーカーの中でも、今回市場撤退となった京セラや倒産の憂き目に遭ったFCNTは、それでもしぶとく生き残っていた数少ないメーカーでした。

パナソニックやNECが早々に撤退した市場でその後10年も生き残り続けられた理由は、良くも悪くも「キャリアに依存した古い経営戦略」にあったように思います。

京セラは主にKDDIやソフトバンク向けにローエンドからミッドレンジの端末を開発・販売し、FCNTは主にNTTドコモ向けに前身である富士通コネクテッドテクノロジーズやさらに前身となる富士通時代からシニア層をターゲットとした「らくらくホン」やミッドレンジをターゲットとした「arrows」シリーズを手掛けてきました(当初はハイエンドもあったが後に戦略を転換)。

いずれもキャリアとのつながりが強く、キャリアの求める端末をひたすら作り続けてきました。


賛否両論あるだろうが、らくらくスマートフォンシリーズが日本のスマホ普及に貢献してきたことは間違いない

そのメリットとしては、確実に需要のあるターゲット層に訴求できる点やキャリアからの手厚いバックアップとサポートがありますが、一方でスマホ市場が国内に限定され海外での販売などが行えず、国際的な市場競争力は皆無に等しい点が大きなデメリットでした。

国内のスマホ需要が飽和し、さらにスマホの高額化や大きなインセンティブを載せた割引販売が法的にできなくなったことなどから利用者の買い替えサイクルも延び、市場として縮小の一途を辿っていたことが最大の痛手でした。

その上、2022年からの急激な円安です。海外からの部品・部材購入のコストが跳ね上がり、最後の追い打ちとなったことは想像に難くありません。


2019年の電気通信事業法改正によって通信料金を原資とした値引き販売ができなくなった頃からデメリットが顕在化し始めていた

早々に海外市場にも展開を進め、シェアは低いながらも国際市場で開発力を磨き続けてきたソニー(旧、ソニーモバイルコミュニケーションズ)や、一度は倒産の危機に遭いながらも海外資本によって復活したシャープを見れば、利益や売上状況はともかくとしてもキャリアに依存した端末販売戦略が事実上の敗北を喫したことは疑いようのない事実です。

ガラケー時代には20社近く、スマホ黎明期であっても10社近くもあった国内携帯電話メーカーは今やソニー1社となりました(シャープは台湾企業資本なので純粋な国内メーカーとは言えない)。

そのソニーでさえ携帯電話事業は赤字の年度が多く、かつてはいつ撤退してもおかしくはないと言われたほどで、現在はハイブランド戦略によって黒字化を達成しているものの、事業としての損益を公表していないため、黒字を継続できているのかは不明です。


6月16日発売予定のソニー製「Xperia 1 V」。約20万円と超高額なウルトラハイエンドスマホだ

スマホメーカーが通信キャリアに依存したくなる状況も理解はできます。

日本では法的にSIMロック禁止となる以前からSIMフリー市場(オープンマーケット)があったにもかかわらず、2021年4月〜2022年3月の販売シェアでもオープンマーケットは7.1%と非常に低い数字に留まっています(MM総研調べ)。

消費者が通信キャリアに依存した端末購入を続ける限り、通信キャリアの要求する端末開発に依存した戦略を取らざるを得なくなるのも無理はありません。しかし、それが日本の携帯電話メーカーの壊滅につながったと考えると、なんとも苦い気分になります。

過去を振り返れば、ソニーがキャリアごとに専用の端末を用意するのではなく、どの通信キャリアでも同じ機種を並べるようになったのは、2014年夏モデルの「Xperia Z3」からでした。

製品ラインナップの絞り込みと部品の共通化、さらに大量生産によるコストダウンなど、生き残りをかけた戦略を考えた時にそれ以外の道はなかったのだと思います。


携帯電話メーカーがキャリアに依存しない時代は来るのだろうか(画像は2015年発売ソニー製「Xperia Z5」)

■消費者意識をいまだに変えられないモバイル業界
古くは独自の携帯電話技術にこだわりスマホ時代への技術的移行に失敗したことからはじまり、その後も通信キャリアに依存した経営体質が開発力や経営力を徐々に落としていった結果、国際的な市場情勢の変化についていけずに墜落したというのが、日本の携帯電話メーカーの凋落の原因だと筆者は考えます。

そこには消費者(ユーザー)の「Androidスマホは出来が悪い」といった印象や、いまだに続く消費者自身のキャリア依存も大きく関係しています。消費者の意識や行動を変えられなかったことがメーカー凋落の原因だと言い換えても良いかもしれません。

市場とはメーカーやベンダーが思うままに支配・制御できる世界ではありません。飽くまでもそこで購買する消費者がいてこその市場であり、消費者を動かせた企業が市場で勝者となるだけです。

果たして今の日本のスマホ市場に勝者はいるでしょうか。ソニーを見ても正直勝者には見えません。かといってAppleやGoogle、サムスンを見てもかつてのような勢いや輝きを感じられません。

スマホの性能が完全に成熟しきった今、人々はスマホから感心を失いつつあります。勝者無きスマホ市場に残った各企業は、そこに何を想い新端末を開発するのでしょうか。

ユニークな機能でしのぎを削っていたガラケーの時代や不出来ながらも多種多様な機種が並んでいたスマホ黎明期を思い出しながら、何の不満もない完璧な出来の「iPhone 14」をじっと見つめる日々です。


あの時、あの時代。人々はスマホの出来の良し悪しに一喜一憂していた

記事執筆:秋吉 健

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